昭和三十年代までは、一〇人に一人の進学率だったのです。十八歳人口の10%の人たちが大学へ進学している時代は、大学というものはエリート教育の場だったのです。十八歳人口の一五%が進学するようになると、大学はマスプロ教育になります。十八歳人口の四〇%以上の人たちが大学へ行くようになると、大学教育はユニバーサル化するのです。昔は、「大学というところは、自ら学ぶところである」と言われたものです。高校までは、先生から「教えていただき」、教科書をよく読み、勉強することが大事だったわけです。しかし大学は、もはやみなさんの手を取り、足を取りして親切に教えてはくれません。必修科目のほかは、どの科目を取ろうか、一年の時に何単位取ろうかというように、すべて自分で決めなければなりません。ところがです。
書写とは文章をそのまま書き写す練習です。具体的には学校の教科書(漢字・語句の難易度の問題がありますから、必ず教科書を使ってください)を白紙やノートに書き写す練習を一回一五分程度、毎日くりかえします。子供は面倒がるとは思いますが、これを小学校入学時から半年間は継続してください。書写は単純作業なのでいっけん不要に思われますが、「字を正確に書く」「一回に暗記する単語量を増やす」という意味から非常に大切です。受験生のなかには筆跡が乱暴で判読不能な字を書く子がけっこういますが、こういう子供は乱暴な筆跡が癖になっているので注意してもなかなか直りません。テストで何度も減点され、本人も十分こりているのですが、容易には修正できないのです。おそらく早い段階で筆跡が固定するのでしょう。ですから、ていねいに字を書く練習が大切なのです。また一回に暗記する単語量はのちのち得点に直結する重要問題です。たとえば二〇単語の一文を書き写す場合、一回に五単語暗記できる子は原本を四回見ればすみますが、二単語ずつ暗記する子は原本を一〇回見なければなりません。この差は答案作成速度やケアレスミスの量に大きく影響します。そこで書写の練習をすることで一回に暗記する単語量を増やすのです。
多くの人は、詩や小説が読めれば、論説文などもすぐに読めるだろうというかもしれません。しかし、いまの子どもたちがあまりにも文字に接する機会が少なくなっているだけに、そういう甘いことはいえなくなっているのです。たとえば、中学生や高校生になっても新聞が満足に読めない子どもがたくさんいますし、作文にしても、簡単な読書感想文を書かせるにすぎないので、文章をまともに書けるようにならないでしょう。しかも、詩や小説などの心理的な内容を理解することに傾きすぎている国語教育は、多くの子どもの理解力を超えており、必要以上の負担をしいているために、結果として国語嫌いを増やしています。つまり、実際に必要とされる実用的な国語能力を落とすという弊害さえもたらしているのです。